感情や行動には様々な因果関係あって
こうだからこう!
ってなかなか一本筋には
説明できるものではないですが
自分の人生を
紐解いていくと
心に刺さった言葉や出来事は
確かにあると思います
「ありがとう」
結構この一言が
人生を決めていたりすることがあります
私は高校を卒業してから
ずっと(紆余曲折ありますが)
飲食業界で働いてきました
いつから
「料理人」を志したのか?
特定するのは難しいですが
例えばば東日本大震災がきっかけと言えるし
例えば24歳のころの挫折がきっかけといえば言える
けども
もっと
最初の
高校卒業するときの
「飲食業界」に就職する動機は
何だったのだろうか?
と
紐解いてみる。
高校時代
勉強があまり好きじゃなかったので
早く働きたかった。
なので
高校卒業した後は大学の選択は
全く考えていませんでしたから
「就職」の選択肢の中で
進路を考えていました
でも
何をしたいのか?
将来の夢は?
何が得意なのか?
全くわからない中で
どんな職業につくべきなのか?
自分でもわかりませんでした。
ただ
大学に行かずに社会で勝負する以上
「手に職」ってワードだけが
選ぶ選択肢だったので
今思えば
勉強をしなかったことへの
コンプレックスが強かったのだとおもいます。
そのくせ
当時から「俺は出来るヤツだ!」と
根拠もない“自身”だけはあったので
社会に出たら負けるわけにはいかない!と
気負っていたのかもしれません。
でも
何をしたらいいのかはやっぱりわからない。
そんな時に思い出したのが
母親から言われた
「ありがとう」って言葉。
男三人兄弟の末として生まれた私。
末っ子の特権は十分満喫したうえで
末っ子のジレンマというか
葛藤もいろいろ抱えていました。
基本的に何をやってもかなわない
何をやっても、もうすでにやりつくしたあと
そんな末っ子としては
兄たちがやっていないことでしか
存在価値というか
自分の評価を見出せません
母親から「ありがとう」って
言われたことは
たぶん、たくさんあったとは思うけど
唯一無二の「ありがとう」が欲しいのが
煩悩の塊の末っ子です
そこに
料理がありました
母親が作る料理のお手伝い
兄二人は
まったく、しませんでしたが
私は餃子を包んだり
ポテトサラダを和えたりといった
ホントに少しだけれど
手伝うことが有りました
まぁただ単に甘えん坊だったのでしょう(笑)
そんななか
ある夜
洗い物を手伝ったとき
箸を束にしてゴリゴリ洗う音を聞いて
母親が「上手だねぁありがとう」と
言ったのその言葉が
末っ子心をくすぐしました。
嬉しかったのです。
得意になって洗う姿を見て
母親は”しめしめ”と思っていたのでしょうか
私は得意になって箸を洗ってました
※こんな風に書くと
よくお手伝いをしているように見えますが
数回の出来事です。
まず、遊んでばかりで
お手伝いなんてしない子供でした。
「上手だねありがとう」
就職を決めるとき
自分が何が得意か?解らないながら
無理にでも決めなきゃいけないとき
「箸を洗うのが上手だから」
飲食業界に飛び込んで
現在18~44=26年間飲食業界で働いています
その後の紆余曲折や
ホントの意味での決断は
あれど、最初のきっかけ
「上手だねありがとう」が
私が料理人になったきっかけと思うと
なんだか
きっかけはどうでもいいと思います。
でも
その後
何度も転職を繰り返しながらも
この業界から離れなかったのは
何なんでしょうねか、、、?
自覚したことも無かったけど
もしかしたら
目の前の仕事からは逃げても
料理人としては逃げられなかったのでしょうか?
コメントをお書きください